(仮)ユダヤ人に向けられた銃口

2006年05月10日

 良くないことが起こった次の日は必ずと言っていいほど雨が降る。中途半端に降るわけでもなく、どしゃ降りだ。昨日の夜に干した洗濯物が再び水気を帯びている。週間天気予報ではあと数日はこの大雨も続くらしい。みっともないので洗濯物を入れ込み、浴槽のドアに吊した。昨日から何も食べていない。食欲がない。タバコと、コーヒーのみ。タバコはメンソールライトからきついものに今日の朝から変わった。
 
 昨日の夜、彼女からメールが届いた。まーくん、好きな人ができた。ごめん。深夜二時四十五分頃。ベッドに入り戦場のピアニストを見ていた。頭が真っ白に、目の前は真っ暗に。テレビから聞こえる銃声の音。ユダヤ人に無情にも打ち込まれる弾丸。首が落ち、死んでいく。オレはユダヤ人か。迫害を受け続け訳もなく殺されていく彼らに同情していたが、いまのオレにはそこまで考える気力すらなくなってしまったよ。オレは死んだも同然だ。ナチスに銃口を向けられたユダヤ人だ。
 
 タバコ、タバコ、コーヒー、タバコ。タバコが何本あっても足りない。掛け続けている電話はまったく応答がない。電波が届かない場所か電源が入ってない。沖縄の離島、渡嘉敷島でもドコモは電波が入るのに。ナチは容赦ないな。さあ、どうしよう。あほみたいに音声ガイダンスを聞き続けるべきなのか、このまま死んだように眠るのか。明日、正確にはあと数時間後で仕事だ。とりあえず、一方的にメールを受け取って、はい、お休みというわけにもいかないので、返信を返そうと悩むが、文面がいっこうに浮かんでこない。こんな時、何て打てば良いんだろう。了解しました。了解です。短く、了解。その数文字を電波に託せばいまの現実から少し逃れることができるかも知れないが、その瞬間にすべてが終わる。そして誰もいなくなった。アガサ・クリスティーの名作。でも、ミステリー小説は嫌いだ。読んだこともないし、これから先も読むことはないだろう。

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